2019年の台湾文学フェスタ兼台湾カルチャーミーティングのイベントとして、2017年に台湾で刊行され、大きな話題となった小説「房思琪(ファンスーチー)の初恋の楽園」(泉京鹿訳、白水社)の日本語版の刊行にあわせて、台湾の作家張亦絢さんを台湾から招き、台北駐日経済文化代表処台湾文化センターで10月25日にトークが、誠品生活日本橋で26日に新書発表会がそれぞれ開催された。司会・通訳は、台湾出身の作家・李琴峰さんが務めた。
「房思琪(ファンスーチー)の初恋の楽園」は、学習塾のカリスマ教師が女子中学生に対して性的暴行を働くという衝撃的な内容もさることながら、刊行2か月後に作者・林奕含が自殺する悲劇もあり、台湾では25万部を売るというベストセラーとなり、中国大陸でも刊行されて大きな話題となった。
25、26日いずれも同書を翻訳した翻訳家の泉京鹿さんと張亦絢さんが対談した。どちらの日も、林奕含さんが亡くなる前にメディアのインタビューに応じて創作の心境を語る15分間に及ぶ映像を、遺族の同意のもとで流した。
まず李琴峰さんが作品を解説し、学歴至上社会の病巣や塾を隠れ蓑にした性的暴行がこの本のテーマにあること、刊行された2017年はMe too運動の年であり、同じように性暴力のシーンがある小説『独り舞』で李琴峰さんが作家デビューした年という不思議な縁があることなどを語った。
生前、林奕含さんと交流があった張亦絢さんは台湾版の作品で解説を書いている。「被害者が精神的な傷を表現することで昇華できるケースもあるが、彼女は自分の作品が受け入られるかどうか、理解されるかどうか最後まで自信がなく、とても脆弱な心だった」と振り返りつつ、「この作品では人の弱みをあえてさらけ出す言葉を使っている。被害者はこのような言葉で初めて自分を言語化し、知ることができる。加害者もどのような時に加害しているのか知ることができる。そこがこの作品の素晴らしさだ」と述べた。
これまで閻連科や九把刀など、中国語圏の有名作家の作品を日本で翻訳刊行してきた泉さんは、この作品の翻訳作業について「とても辛い作業だった」と明かした。
「今回は、会ったことがなく、会うこともできない著者の作品を訳すことも初めての経験だった。彼女の語りの視点も特殊で、特に主語がしばしば変わっている。告発する文学というのではなく、さまざまな視点から自分の被害を見てもらおうという効果をもたらしている」と泉さんは語った。
張亦絢さんは、レストラン、セレクトショップ、新聞社、映像会社での勤務を経て作家として活動中。2019年9月から台北藝術大学でライター・イン・レジデンスに就任。『愛的不久時』『永別書』などの作品があり、近刊に短編小説集『性意思史』。小説の他に戯曲やエッセーも執筆している。