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台湾文化センター 台湾映画上映会 映画『9発の銃弾』トークイベントレポート

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   「台湾文化センター 台湾映画上映会2024」映画『9発の銃弾』上映会トークイベントが、10月18日(金)に台北駐日経済文化代表処台湾文化センターにて開催された。本上映会で唯一のドキュメンタリー映画である『9発の銃弾』は、2017年に出稼ぎ労働者のベトナム人青年ルワン・グオフェイ(阮國非)が、警官が撃った9発の銃弾により死亡した事件を、実際の事件映像やインタビューを交えて真実に迫った意欲作だ。ベトナムにいるルワン・グオフェイの遺族、警察官の家族、弁護士、仲介業者など、様々な関係者へインタビューに加えて、SNS上に残されたルワンの言葉と共に、彼がみた風景、歩いた場所をカメラが辿っていくことで、どのような思いを抱えて台湾で暮らしていたのかが綴られていく。ツァイ・チョンロン監督は、台湾の出稼ぎ労働者の現状と台湾社会の歪みを如実に伝えた本作で、2022年金馬奨で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞した。


   上映後に、ツァイ・チョンロン監督がオンラインで登壇し、外国人技能実習生として来日したベトナム人女性たちの置かれた現実を描いた映画『海辺の彼女たち』にて、サンセバスチャン国際映画祭の新人監督部門に選出され、TAMA映画祭最優秀新進監督賞、新藤兼人賞金賞、大島渚賞を受賞した注目の映画監督の藤元明緒さんが会場に登壇してトークイベントが開催された。


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台湾アカデミー賞受賞監督が挑む、人権を尊重する社会の実現の為に、

ドキュメンタリー映画ができることはあるのか─

 

   ベトナム人青年ルワン・グオフェイが警察官たちに囲まれ、銃弾に倒れもがく姿が克明に映された警察のボディカメラ映像。この思わず息をのむ衝撃的な映像が使用されている本作について、「つらい描写もあり、台湾で上映した際に気分が悪くなる人もいました。今日ご覧になった方の中にも気分が悪くなってしまった方もいらしたかもしれません。しかしこの現実こそが、現在の70万人いるといわれる台湾の外国人労働者を取り巻く問題を映しだしているのです。そうした点で、この映像には価値があると考えています。今日、こうして日本の観客のみなさんにご覧頂くことができて、とてもうれしいです。」と、ツァイ・チョンロン監督が挨拶した。


 「台湾のドキュメンタリー作品を観る機会はあまりないのですが、『9発の銃弾』で描かれている問題は、日本でも起きており既視感を覚えました。とても重いテーマが主題ですが、要所要所にはさみこまれているボディカメラの映像が、観客がどう判断していくのかを迫ってくる強いものを感じました。」と、藤元明緒監督が感想を述べた。


  ツァイ監督は約20年前から台湾に嫁ぎにくるベトナム人女性のドキュメンタリー番組を制作していたが、そのきっかけとして、元々そうしたベトナム人女性たちに対するマイナスな報道が多かったことがあったという。「そうしたマイナス面だけではなく、本当の彼女たちの姿を知ってほしくて、ドキュメンタリーを制作しはじめた」のだという。その後、ベトナム出身の労働者との親交が生まれたことで、2012年頃からは外国人労働者たちのドキュメンタリーを制作していたが、その多くはあたたかいタッチの作品だったという。そうした中、2017年にルワンが9発の銃弾に倒れる事件が起きたことで、「あまりに極端で強烈な事件で、いままでとはちがった強いドキュメンタリーを作るべきだと思いました。これはひとつの事件に過ぎませんが、その背景には様々な要素があり、この事件を通して社会全体に隠された問題を知ってほしいと思ったのです。」と、本作を撮るきっかけを語った。「強いドキュメンタリーとおっしゃっていましたが、『9発の銃弾』では、ベトナムで暮らすルワンのご遺族のインタビュー、そして生前の彼がみたであろう風景が映し出されています。衝撃的な映像、そして強いメッセージ性と共に、こうしたあたたかい感情が伝わってくる映像のコントラストが心にしみました。」と、藤元監督が感想を述べると、「ルワンの故郷ベトナムの映像は、手持ちカメラが多用されており、ルワンの魂の視線で描かれている。観客である私たちも彼の魂を感じることができる。」とキュレーターのリム・カーワイも、ドキュメンタリー作品としての完成度の高さを称えた。


  日本ではまず見ることのできない警察官のボディカメラ映像が映画でも使用されていること、そしてその作品が台湾国内で当たり前に上映することができる台湾の先進性に藤元監督は驚いたという。リムが「警察の不正を防ぐ目的もあって、ボディカメラは義務付けられているのか」と問うと、ツァイ監督は「むしろ日本ではボディカメラが使用されていないと知り驚きました。世界でも多くの国で採用されていると思いますが、台湾で警察にボディカメラが義務付けられている理由のひとつには、警察が批判を受けた時に、警察は悪くないということを証明し、警察を守るためというのもあるのです。ここ5年くらいの間で、そういった映像の乱用が多くみられるようになりました。本来であれば公民権を守ることが重要であるのですが、警察の不正を防ぐためというような意味での使われ方ありません。」と答えた。「ただこのボディカメラ映像を使用したのは、警察を批判したかったからではありません。本作は警察に対しての批判を訴える映画ではありません。ひとつの事件をきっかけに作られた映画ではありますが、台湾も日本も同じように労働者不足を外国人に頼る中で、その制度に非合理的なものがあり、そのこと自体を取り上げています。」とし、ボディカメラ映像を使用した意図としては、あくまでも人権に関するものであり、公共の利益に関することであるので公開すべきものだと考えたからだと述べた。

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 会場の観客から「台湾では東南アジア出身の外国人労働者への差別あると聞くが、映画はどう受け止められたのか」との質問に対し、「台湾でも、このような事件が起きたことにショックを受けるひとが多くいました。高校生、大学生の中には、どうしてこんなことになっても大人たちは彼を助けようとしなかったのかという人も多くいました。台湾で外国人労働者への差別があるかということについて、認める人は多くありません。それは差別ではなく、無視している、もしくは距離をとっていて、彼らはちがう世界に生きていると考えているのです。しかし本作は彼らが生きている世界をみせています。起きてはいけない事件がこうして起きてしまったことを見せられることで、ひとつのドキュメンタリーとしてだけ考えるのではなく、それぞれの立場からこのようなことが二度と起こらないように考えてそれぞれの生活の中に反映していってほしいと思います。」とツァイ監督が答えた。ベトナムでの映像で、日本に働きに行くための準備として日本語の授業を受けている若者たちの映像を入れた意図について会場から質問されると、「日本と韓国では外国人労働者が来るには、事前に言語の習得が必要だと聞いています。しかし台湾に来るには、事前に台湾華語の習得は必要とされていません。日本のニュースではしばしば外国人労働者たちが日本語で書かれたスローガンを掲げている映像を目にしますが、台湾ではそれは起こらない。台湾の外国人労働者たちは台湾華語がわからないので、そうしたこともできないのです。仲介業者にお金さえ払えば、台湾で働くことができる、でもそれでは自分の人権を守ることができません。来てしまえば労働に追われ、勉強する時間が取れ

ず、現地の言語ができないことで様々な問題が起きてしまいます。実際にルワン自身も台湾に何年もいながら、台湾華語を習得できていませんでした。本来であれば自国の発展のために貢献してくれている外国人労働者を迎え入れるのであれば、最低限、言語ができるように制度を整備することも必要なのではないでしょうか。台湾は元々多くの文化的背景を持つ人たちが暮らしているわけで、こうした様々なルーツをもつ外国人労働者の人たちも受け入れていくべきではないかと思っています。」と、外国人労働者を取り巻く現状と問題点について言及した。sub4

 最後に台湾映画の魅力について問われると、「実は台湾には行ったことがないのですが、台湾映画からは同じ原風景をみているような、親近感を持ちます。日本では台湾映画が多く公開されており、これから開催される東京国際映画祭でも多くの台湾映画が上映されるので、是非多くの方に台湾映画に触れてほしいと思います。」と、藤元監督が語った。「台湾映画は華人映画界の中で、最も表現・言論・創作の自由があります。80年代の台湾ニューシネマの時代から、多元的な文化を背景にした台湾映画は自由な創作ができており、現在も若い監督たちが多く活躍しています。日本と台湾は文化的な共通点も多くあるので、これからも多くの方に台湾映画をご覧頂き、応援して頂きたいと思います。」とツァイ監督が述べ、台湾映画上映会2024は幕を閉じた。sub2