呉明益 著/天野健太郎 訳
白水社
1979年、台北。西門町と台北駅の間、幹線道路にそって立ち並ぶ「中華商場」。物売りが立つ商場の歩道橋には、子供たちに不思議なマジックを披露する「魔術師」がいた──。
夢と現実のあわいを見ているかのような、知らない土地なのに懐かしく、いつか自分の経験した思い出のように感じるのはなぜだろうか。
1961年落成以後、70年代多くの人で賑わったという、実在した中華商場が舞台。表題作『歩道橋の魔術師』で、当時の街の賑わい、ネオンの輝き、生活の匂い、その背後に見え隠れする人々の貧しさを鮮やかに描いている。後に続く短編ではその街で育ち、「魔術師」に出会った子供たちが成長し、時代の鮮明な記憶を引きずりながら、その後の人生を淡々と語り出す。「ときに、死ぬまで覚えていることは、目で見たことじゃないからだよ」彼らが見た魔術は、本物だったのか手品だったのか。それともほんとうに魔術師は居たのか? いまを生きる私たちの見たものさえ「見た、はず?」と現実がぐらり揺らぐような感覚を引きずる作品。