鄭鴻生 著/天野健太郎 訳
紀伊国屋書店
女性が外で働くなんてもってのほか。そんな保守的な時代に、「主婦の友」など日本の雑誌に魅了されて、洋裁を志したひとりの台湾女性。周囲の反対を押し切って社会に飛び出し、懸命に働き、やがてはみずからの洋裁学校を開設する。そんな道なき道を開拓した台湾女性の個人史を、その息子が静かな眼差しで書き記した一冊。
描かれるのは、歴史に刻まれることのない名もなき個人の人生。だけどそこには、台湾の歴史がタペストリーのように入り混っていて、私たちがよく知らない「台湾の近代史」が、確かな手触りを持って浮かび上がります。そして時に歴史の波に呑まれ、時に時代の波に乗りながら、前を向き懸命に生きる女の姿や、寝る間を惜しんで懸命に働き倹約に努める人々の姿は、昭和の日本人の姿とも重なっていて、どこか懐かしいような気持ちもなりました。
日本と台湾の、一筋縄では行かない関係も濃厚に描かれています。それは、敵国であると同時に憧れの対象であるような、台湾人が日本に持っていた複雑な眼差し、というものを私たちに教えてくれます。