対照的なふたりが土壌に向き合う姿から生き方を問う、ドキュメンタリー映画『ソウル・オブ・ソイル』----西村一之(日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授)×イェン・ランチュアン(監督)トークイベント開催 ‼
「台湾文化センター台湾映画上映会2025」の映画『ソウル・オブ・ソイル』上映会が、10月25日(土)に台北駐日経済文化代表処台湾文化センターにて開催された。上映後に、イェン・ランチュアン監督がオンライン登壇し、文化人類学研究者の西村一之さん(日本女子大学)が登壇し、トークイベントが開催された。
アレン(阿仁)は台湾大学出身、IT業界で活躍していたが、その恵まれた生活を捨て高雄に移り住んだ。街中で集めた果物の皮や野菜くずを拾い集め、「都市のゴミを有機肥料に変えて農家に提供し、土壌の問題を改善したい」と考え、来る日も来る日も果物や野菜くずの山に混ざっている大量のプラスチックごみを取り除く作業に追われている。
アレンが心の師匠と慕うアンホー(安和)は、30年前から大量の化学肥料や農薬を使うことで、土壌が長年にわたり傷つけられてことに気付き、有機肥料を使って栽培を始めた。試行錯誤を繰り返し、有機ナツメが収穫でき生活は安定し、家族総出で有機栽培に従事している。
2022 年、彼らの農場がある地区に「科学園区計画」が持ち上がり、彼らは進退を迫られることになる…。
台湾南部に暮らす4人の年老いた農業従事者を描き、空前の大ヒットとなったドキュメンタリー映画『無米楽』(2004)のイェン・ランチュアン監督が、8年の歳月をかけ、1,800 時間に及ぶ映像を記録した映画『ソウル・オブ・ソイル』。金馬奨2024 ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、土壌保全の重要性を訴えると同時に、個性あふれる登場人物たちの対比を通じて、農業をただの労働ではなく哲学へと昇華させた注目作だ。

西村一之/日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授 ×リム・カーワイ(『台湾映画上映会2025』キュレーター・映画監督)
「夢を信じること─」
8年間、1,800 時間に及ぶ撮影を経て完成!
理想の土壌作りへの情熱を通し、現代社会の生き方を問いかけるドキュメンタリー映画
文化人類学研究者の西村一之さんは、台湾東部の海辺での現地調査を30 年以上前から続けており、その中で農業に従事する知り合いも多くいるという。「主人公のアレンのように都会から地方に来る、日本でいうIターンの若者は増えている。そうした中でSNS等を通して情報交換をして、自分たちで作物を育て、販売まで行う第六次産業に乗り出している若者も多くいる。」とし、「アレンたちが取り組んでいる有機農業取り組むひとたちもめずらしくはない」と、台湾の地方の現状について言及した。イェ
ン・ランチュアン監督の『無米樂』、『ソウル・オブ・ソイル』は「どちらも土を向き合い、土と暮らす人々にカメラを向けていることに、監督の関心があるのか」と感じたといい、年齢も学齢、背景もちがうふたりが主人公になっていることについて「このふたりに焦点をあてようとした理由」を西村さんがイェン監督に問いかけた。
「自分自身は農業にまったく縁のない家庭で育ったが、『無米樂』の舞台となった村を訪れたとき、そこで出会ったひとたちに惹かれ、2001 年から3年をかけて撮影しました。でも周りからは「そういう映画は誰も観ないから、やめたほうかいい」と反対されました(笑)」と笑った。自身の情熱を信じて完成した『無米樂』は日本でも山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映され、台湾では大ヒットした。「ある地方映画祭で『無米樂』が上映されたときに、「僕はこの映画の犠牲者ですよ」と話しかけてきた
若者がいました。映画がきっかけとなって、仕事を辞めて農業をやろうと決めたと非常に興奮して話しかけてきたのが、アレンだった」という。『無米樂』を観て、有機栽培の土を作ろうと奮闘しているアレンをみて「非常に驚き、彼を撮ろう」と思ったのが『ソウル・オブ・ソイル』の出発点となったという。もうひとりの主人公アンホ―は、「アレンから自分を撮るのであれば、心の師匠であるアンホーも撮った方がいい」と勧められたのがきっかけだったという。「はじめてアンホーの農場に行ったとき、ナツメの収穫は終わっていました。ただ彼が育てたミニトマトを食べたとき、私は生きてきた中で一番おいしいミニトマトだ!と驚きました。アンホーの農場、彼の作物、土に対する向き合い方に衝撃を受け、ぜひアンホーのことも撮影したいと思ったんです」と、ふたりの主人公と出会いを語った。
「アレンとアンホー、ふたりは土をつくることに情熱をもっているのは共通している。ただ土に対する向き合い方、その背景にあるものは異なっていると感じました。特にアレンは、ゴミ問題、環境問題に対して自分の考え方を持っている。おなじように見えて、土に対する向き合い方の土台がそれぞれ違っている」のも、『ソウル・オブ・ソイル』の見どころとなっていると西村さんが述べた。
アンホーが30 年前に農場をはじめた頃は、まだ台湾でも有機栽培は一般的ではなく、「アンホ-は周りのひとたちから、否定されていた」という。それでも自分の信念を貫き結果を出すことができ、いまは家族計画の農場として安定した生活を送れている。
「まさにアレンにとっては、アンホーの「信念」こそが重要で、「夢を信じること」が彼の支えとなり、都市のゴミを堆肥に変えて、健康な土から作物を育てたいという夢を信じて前進していったわけです。」と、土を通して夢を実現しようとするふたりの共通点をイェン監督が分析した。
キュレーターのリムが「原題は土を植えるという土を育てるという意味の『種土』ですが、英題『Soul of Soil』に込めた思いについて問いかけると、「英題は音楽を担当してくれたひとがつけてくれました。まさにこのふたりの土に対する「信念」が、魂そのものであると感じ、ぴったりだと思ったんです。そして『Soul of Soil』の頭文字が「SOS」になっていて、土が助けを求めていると感じました」とイェン監督がタイトルに込めた思いを語った。

台湾文化センター 台湾映画上映会
会場から「映画が5つのパート夢・春・夏・秋・冬に分けて構成されているが、夢と春夏秋冬を並べたことについて」質問がでた。「夢を見ることは、春を待ちわびる期待感に似たものがあります。夢を持ったとき、それに向けて努力していく、それは春と共通する思いがあります。そして熱気をもった夏を迎え、困難が立ちはだかる秋、解決できない壁に阻まれる冬がくる。そして映画の中で彼らの夢は変化していくわけです。そして彼らが迎える次の春というものは、観客のみなさんに委ねたいと思っています」とイェン監督が、彼らと共に過ごした8 年の歳月を振り返った。
最後に台湾映画の魅力を問われると、西村さんが「台湾では日本よりも映画が身近な存在になっていると思う。それはイェン監督のように高い志を持ち、メッセージ性のある作品が作られて、それを受け止める観客がいるということも大きい。いわゆる社会的なメッセージみたいなものを台湾が作り出す力にもなっているのだと思う」と述べた。「ドキュメンタリー映画を作ろうとしたとき、周囲に相談すると「そんなテーマでは誰も興味を持ってくれないよ」と言われることが多いんです。『ソウル・オブ・ソイル』も会議のたびに悲観的な意見ばかりでしたが、台湾で公開されると驚くほど観客の反応がよかったんです。台湾映画の魅力を語るのは難しいですが、創作する立場からすると、様々なテーマを受け取ってくれる観客がいること、作品を待っていてくれる観客がいることこそが、台湾映画の魅力だと思います。」とイェン監督がほほ笑むと、会場にあたたかい拍手が起きた。

西村一之/日本女子大学人間社会学部現代社会学科教授 ×リム・カーワイ(『台湾映画上映会2025』キュレーター・映画監督)