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台湾文化センター台湾映画上映会 映画『余燼』トークイベントレポート

3人海報




台北駐日経済文化代表処台湾文化センターと、地域研究における日本の拠点の一つとして、東アジアに関する学際的な研究を推進する専門機関である慶應義塾大学東アジア研究所との連携企画映画『余燼』上映会トークイベントが、5月25日(日)に慶應義塾大学三田キャンパス西校舎ホールにて開催された。

招牌




台湾映画を牽引する鬼才チョン・モンホン監督(『ひとつの太陽』『瀑布』)が、白色テロを題材に、国家、歴史が絡む壮大なサ スペンスに挑んだ問題作で、チャン・チェン(『牯嶺街少年殺人事件』)、モー・ズーイー(『親愛なる君へ』)が、金馬奨主演・助演男優賞にノミネートされたことでも話題になった。上映後に、政治に翻弄されつつも、必死に格闘し、社会に介入してきた台湾文学を読み解いた「台湾文学の中心にあるもの」(イースト・プレス)が話題の台湾文学研究者の赤松美和子さんが登壇してトークイベントが開催された。

松赤

赤松美和子(台湾文学研究者、日本大学文理学部教授)



台湾で賛否両論が巻き起こった、鬼才チョン・モンホン監督が政治的タブーに挑んだ野心作 歴史の過ちに正面から向かい合う、台湾映画の土壌の豊かさとは─

2006年、台北市内で起きた刺殺事件を追う刑事(チャン・チェン)は、捜査を進める中で1956年に起きたある事件にたどり着く。2つの時代を生きる人びとの物語が絡み合うとき、台湾現代史の悲劇と、ある人物の壮大な復讐計画が浮かび上がる─。本作のテーマである、白色テロとは国家権力が反対勢力に対して行う弾圧のことだ。台湾では一般的に1949年から1991(92)年まで続いたといわれており、本作の時代設定となった1950年代は、特に弾圧が激しかった時期とされている。

全景

吉川龍生(慶應義塾大学経済学部教授)×赤松美和子(台湾文学研究者、日本大学文理学部教授)×リム・カーワイ(『台湾映画上映会2025』キュレーター・映画監督)


昨年12月に台湾で本作を鑑賞していた赤松美和子さんが、「今日はチョン・モンホン監督とオンライン中継でお話しできるかと思っていたのですが、どうしてもスケジュールが調整できなかったとのことでお会いすることができず残念です。監督の作品にはいつも「家族の不在」が描かれていますが、本作では白色テロという政治的なテーマに果敢に挑まれていました。監督の作品をご覧になったことがある方はどのくらいいらっしゃいますか?」と会場に問いかけると、半分以上の観客の方が手を挙げた。「白色テロをテーマにした映画で、チャン・チェンが主役というと『牯嶺街少年殺人事件』を思い出す方も多いのではないでしょうか。台湾では2017年の移行期正義促進条例公布後、『流麻溝十五号』『返校 言葉が消えた日』など、白色テロをテーマにした映画が制作され日本でも公開されています。そうした作品と『余燼』が異なる点として白色テロの被害者サイドだけではなく、加害者サイドからも描いている点がある」と、他の作品とは異なる点について言及した。



本作は台湾では賛否両論が巻き起こり、特に若い世代からは批判が多くでたという。チョン・モンホン監督作品のファンだというキュレーターのリム・カーワイは、「家族の崩壊、再生というヒューマニズムを描いてきた監督が、サスペンス映画という形で白色テロというタブーに挑んだ野心作」と評価しながら、なぜ台湾で賛否両論起きたのかと問いかけた。吉川龍生さんは、昨年台湾で本作上映とチョン・モンホン監督とモー・ズーイーの舞台挨拶を鑑賞した際、「日本では想像がつかないが、いきなり観客から移行期正義についての質問が飛んでいた。それについて監督は自由に考えてほしいと答え、モー・ズーイーは歴史的な視点も含め丁寧に答えていた。」といい、「監督はこうしたセンシティブなテーマについて批判を覚悟の上で、オープンな議論で乗り越えていけるという気持ちをもって本作に挑んだのではないか」と語った。

吉川

吉川龍生(慶應義塾大学経済学部教授)


小野のペンネームで作家や脚本家としても知られ、「台湾ニューシネマ」の立役者の一人でもある、李遠文化部長(文化相)が「かつて『悲情城市』が公開されたとき、歴史を消費するなという批判が起きた。『余燼』の評価も歴史に委ねたい」とSNSに書いていたといい、「台湾社会が移行期正義の渦中であり、タイトルの通り燃え尽きていない状態なのかもしれない。ひとがひとを裁くことができるのか。監督は社会がフィクションとして対話できる段階にあると思って挑んだのではないか」と、台湾での本作への反応の背景について赤松さんが言及した。


会場から「チャン・チェン演じる警察がかっこよく描かれていなかった。白色テロの被害者、加害者の復讐劇の中で、警察が正 しい立場で描かれていなかったことに驚いた。」と警察の在り方について質問が飛んだ。本作の字幕を担当した吉川さんは、「それこそが国家権力に対するイメージ」なのではないかとし、劇中の「真実は紙ほどに薄い」というセリフの通り、「権力を相対化して描いたのではないか」と答えた。

チェン・チェンはじめ、豪華キャストが魅力の本作。「政治的な作品にこれだけの俳優陣が参加したことについて、台湾ではど ういう反応があったのか」との質問について、「チャン・チェンはチョン・モンホン監督のデビュー作から出演しており、ティ ファニー・シュー、リウ・グァンティン、チェン・イーウェン、チン・シーチェ等、他の俳優も常連が多く参加している。難しい題材であっても監督への信頼があったからこそ、これだけの俳優陣がそろったのだと思う」とし、「『恐怖分子』で知られるチン・スーチェは、元々劇団に所属しており白色テロの経験者でもある。言論、表現の自由への迫害があった時代を経験した彼自身が、本作で加害者を演じているというのは、監督、作品への強い信頼があったからではないか。」とリムが分析した。

林

リム・カーワイ(『台湾映画上映会2025』キュレーター・映画監督)


最後に台湾映画の魅力について、「「台湾文学の中心にあるものは政治である」と著書に書いたが、それは映画にも言えると思う。現在という時から逃げないで、政治も含めた現在を作品に表していく、そういう果敢な姿勢が台湾映画の魅力のひとつ」と赤松さんが語った。「『余燼』は娯楽作品としての完成度の高さ、その上で政治的なテーマに果敢に挑戦している。『返校 言葉が消えた日』はゲーム、ホラーというジャンルの中で白色テロを絡めて描いていた。そうした作品が生まれてくる土壌こそ台湾映画 の魅力」だと吉川さんが話すと、「歴史のトラウマ、歴史の過ちに向き合った作品が、ビッグバジェット、オールスターキャスト で製作されていることに、台湾の表現の自由があり、台湾映画のおもしろさが体現されている」とリムが答え、会場は大きな拍手に包まれた。

3人海報西舍

吉川龍生(慶應義塾大学経済学部教授)×赤松美和子(台湾文学研究者、日本大学文理学部教授)×リム・カーワイ(『台湾映画上映会2025』キュレーター・映画監督)